妄執家の歪な喜劇






ジェイドが歌っていた。

最初気付かなかったのはレコードの声と全く同じだったからだ。ジェイドは本当に嫌味なくらい完璧だけれど、まさか歌まで上手いとは知らなかった。譜術を発動する時のようにすらすらと聞いたことの無い国の言葉をジェイドは口ずさんでいる。

耳に心地好い低音と、メロディー。所々間延びするレコードの音は、聴いていて飽きないな、と思った。カーティス家の屋敷に響く柔らかい音楽は、ジェイドの選曲だろうか。少し、意外だった。彼がこんな優しい旋律を好むなんて。というか、音楽を聴くということすらも、やはり意外なのだけれど。

(そんなことを言ったら「私も人間ですから」とジェイドは笑うだろうか?)


「ジェイドって、歌も上手いんだな。こういうのが好みだとは知らなかった」
「別に上手い訳ではありませんよ。記憶力が良いので全く同じように歌えるだけです」
「へ、へぇ…。そういうもんか……」

それでも十分凄いんだけどな、と心の中で呟く。きっと、ジェイドにとっては簡単で、何でもないことなのだろう。そう思わせるくらいにはジェイドは凄い奴なのだ、本当に。

そういえば、姉のマリィベルは絶対音感の持ち主で、いつも美しい歌声を披露してくれた。姉上が歌ってくれたのは、どんな歌だったろう。とても、心地が好かった。でも、思い出せない。子供の頃の記憶なんて、曖昧なものである。覚えているようで覚えていない、所詮そんなものだ。




あ、と思った刹那、曲調がガラリと変わる。先程の音の柔らかさは何処へやら……といった感じだ。一変してフラットの音が際立った、物悲しさを感じさせる曲調になった。まるで歪な喜劇のような、ヒステリックなヴァイオリンの激音。だが、音の割に不思議とテンポは速くない。またそれが不気味で、変な感じだった。耳の奥に妙な違和感が残る感じがして、気持ちが悪い。

曲調が戻り、再びジェイドが歌い出すが、すぐに歌は終わってしまった。ブツリ、余韻すら残さずに音は消えた。

「不思議な歌だなぁ。歌詞も聞いたことが無い言葉だし……なんというか癖がある。これは、どんな歌なんだ?」
「そうですねぇ……。ガイはどんな歌だと思いますか?」
「どんなって言われても……何だろう……オペラにありそうだなーとは思った、けど……」

けれど、分からない。こんな歌は聴いたことがなかったから。

「おや。ご名答、オペラです。これはですねー恋の歌なんですよ。悲しい恋の、ね」
「……恋、ねぇ……」

ニッコリと微笑みながら楽しそうに言われて、思わず言葉に詰まる。ジェイドが恋の歌を歌っていたのだと思うと、何だか後頭部の辺りがざわざわした。

(だって、あのジェイドが恋の歌だなんて!)

心情はとても複雑だが、でもどこかに可愛いじゃないかと思う気持ちが生まれるのを止められない。

「いやーそれにしても、今日はいい天気ですねぇ。綺麗に晴れています」

ジェイドの言葉に、窓の外を見る。確かに、今日は綺麗に晴れていた。ブウサギの散歩日和だなぁ、なんて思ってしまったのが、ちょっと切ない。すっかり職業病だ、と俺は軽い眩暈を覚えた。

「…なぁ、でも、悲恋っぽいのは終盤の方だけじゃなかったか?」
「そうですねぇ、そうかもしれません。これは妄想に取り憑かれた男が、夢から醒める瞬間を歌ったものらしいですから。ガイは、ういうのにも興味があるんですね。…ああ、それなら調度良い、今度から陛下の引率はガイにお願いしますね」
「はっ?引率?」
「はい。年に数回、王族貴族が集まって、ダンスパーティやオペラ鑑賞をするといった催しがあるんです。私は、そういうのに一切興味がありませんから。ガイラルディア伯爵にも良いお相手が見つかるかもしれませんし、これは一石二鳥ですね!」
「か、勘弁してくれよ…!」

がっくりと項垂れた俺を見て、ジェイドが楽しそうに微笑む。そんなに楽しそうに笑うな!この性悪鬼畜眼鏡め!…とは勿論口には出さず(出したら本当に引率役にされかねないので)、心中で呟く。

「・…なぁ、さっきのって悲恋って呼べるのか?」
「おや。随分と掘り下げて来ますね?」
「いや、アンタとなら、オペラもいいんじゃないかと思ってな」
「それはそれは…ガイラルディア伯爵にお誘い頂けるとは、光栄です」

「……で?結局のところどうなんだ?」
「さぁ……私にもわかりません」

ジェイドはそう、可笑しそうに肩を竦めた。