陽狂の死神は今日も夢を追う






不規則な生活のサイクルは、なかなか軌道修正が利かない。眼の下の隈は消えずに、ずっと居座ったままだ。我ながら鏡越しの顔色は不健康そのもので、誰が見ても寝不足だと判るだろうと思った。そういえば、最近ずっと眠っていない。





たぶん、一日ぶりに研究室を出たところで、シンクに出会した。ああ、嫌な奴に遇ってしまった…!と、ヒステリックな感情が湧き上がり、ドッと疲れが押し寄せる。ふ、と鼻で哂われたかと思うと、

「はは、ヒドイ隈だね?一層死神に近付いたよ」

…と嫌味を言われた。何ですって!と、いつものように反論するが、軽く流されてしまう。この生意気な子供は言うだけ言って、いつも他人の話を聞かないのだ。去って行く華奢な背中に悪態を吐きながら地団駄を踏んでみたが、残るのは虚しさだけだった。

研究に没頭すると、食事や睡眠を忘れてしまうのだから仕方が無いだろう。それに隈くらいならコンシーラーで隠すことが出来るから一々気にする必要なんて無いのだ。隈が有ろうが無かろうが、私の絶対的な美しさの前では、そんなもの意味を成さないのだから!

「ねぇ!同じ三十五歳でも随分違うもんだよねぇ!死霊使いはキレーな肌してるのにさー!」
「…なっ!?…う、煩いですね!ジェイドは譜眼の影響で老化が遅いんです!……とっ、というか、今更何を言ってるんです!?ジェイドが綺麗なのは当然ですよ!私に負けず劣らず…!…いや、流石の私でも霞んでしまう程に美しいんですから!!」



ぎゅるるる、と腹が鳴った。

シンクはいなかった。まただ。また話の途中で行ってしまった。ポケットから二代目である復讐日記を取り出す。生意気な『レプリカイオン』は、復讐日記の常連だ。もういい加減慣れたが、やはり腹立たしいのは変わらない。


(ああ、腹が立つ!いつか、絶対、懲らしめてやりますからね!)







一日ぶりの食事は、案外すんなりと胃に収まった。デザートの林檎を口の中へと放り込み、食堂を後にする。

そういえば、一度だけ、ジェイドが林檎を剥いてくれたことがあった。ネフリーが希望した、うさぎの形に。きっと、それは『手料理』とは呼ばないのだろう。それでも、ジェイドが自分の為に何かをしてくれたのが、本当に嬉しかった。

歯磨きと済ませベッドに横たわると、途端に睡魔が襲ってきた。吸い込まれるように、眠りに落ちた。それから一体、どれくらい眠っていたのだろう。目を覚ますと、もう明け方だった。

ベットヘッドに付いているライトを点け、研究成果を記した資料を取り出す。消えない過去の記憶、見えない未来への眺望。それらがドロドロに混じり合って、私を焦らせる。まだまだ実現には程遠い、修正個所は無数にあって、決して無くならない。あと何年必要なのだろう、ジェイドは待っていてくれるだろうか。


「ジェイド……」
寝ても覚めてもジェイドのことしか考えられず、名前を呟くだけで心臓の音は強かに脈を刻んでいく。思わず深い溜め息が漏れた。ジェイドに会いたい。会って、顔が見たい。声が聴きたい。流石にもう、写真や動画、録音の音声などでは我慢出来なくなってしまった。あの美貌を思い出す度に、心臓が忙しく脈打って仕方が無い。

―――ジェイドは私を狂わせる。

告白すれば、不埒な妄想に耽ったことは一度や二度じゃない。それこそ、ジェイドが悪魔と呼ばれていた幼い頃から、何度も何度も夢の中でジェイドを抱いた。私の下で甘く喘ぐ美しい肢体は、幾度となく私を刺激する。ジェイドは私に「愛してる、サフィール」と優しい声で何度も言ってくれた。

ジェイドより私を夢中にさせる者はいない。ジェイドだけが欲しい。ジェイドさえいてくれれば、他には何もいらない。だって私に必要なのは、ジェイドだけなのだ。


私は、どこまでも彼に溺れ、墜ちてゆく。それでもいいと思えるのは、きっと彼が愛しいからだろう。




「愛しています、ジェイド……」