うしなうものはいつだって美しい
「戦いは飽きました。血を浴びることさえ、もう……」
そう言って血に塗れたジェイドは、そっと、瞼を閉じた。玉座の前に這い蹲るようにして得たのは、ひどく醜く、そして美しい死だった。ジェイドは最期の瞬間まで美しく、未来の腐食を感じさせない死を演じて見せたのだ。以前に血は何故紅いのかと問うたら、死に際でも彼岸花の如く美しく散りゆくように紅いのだとジェイドは言った。
――ああ、確かにお前は美しく散って逝ったけれども。
「…おいおい、別れの挨拶も無しか?」
小さく笑って見せるが、軽口を窘める腹心はもういない。ジェイドの色彩は変わらないのに、どうしてもう息をしていないんだろう。玉座から立ち上がり、『死体』となったジェイドを抱き締める。すると、ぬるりと指が膚を滑った。嗚呼、どうしてお前は俺のものなのに、勝手に死んだりするんだ。残された俺の身にもなれよ。なあ、ジェイド。目を開けてくれ。
愛する者の死を現実として受け止めると同時に指先が震え出した。
お前を温める術を、俺は知らない。否、識っていたのに出来なかった。抱き締めることでジェイドの孕んだ温もりを感じられたのに。 駆け引きばかりを繰り返して、俺達は身体を交えることはなかった。お前しか抱きたくなかったのに、抱けなかった。なあ、お前だってそうだろう?俺に抱かれたくて抱かれたくて堪らなかった癖に、高貴な態度を崩さなかったのは、貞操帯のつもりだったのか。せめて触れ合うことが出来たなら、どんなに良かっただろう。
もしも生きていたのなら、貴方らしくないですよ、と笑っただろう。笑わないのは、蝋人形のように頑なに瞼を閉じて居るのは、死んでしまったから。それだけだ。それだけ、なのだ。
俺は知っている、識っていた。お前がとうに『それ』を失っていることなんて。愛する者の為に失う喜びを、お前は知らずに逝ってしまった。
――なあ、頼むから。もう一度だけ、笑ってはくれないだろうか。俺のためだけに、笑ってはくれないだろうか。…そんなの無理に決まっているだろう、と自嘲の笑みが零れる。それでも、涙は、零れない。
ジェイド、冷たい体温しかくれないお前の体温が、知りたかった。