ND2020・ローレライデーカン・レム・48の日






いつだったろう、私の両眼が色彩を失ったのは。


「どうして……ここに……?」



ND2020・ローレライデーカン・レム・48の日、ルークの成人の儀が執り行われた。ルークの墓前での儀式などに興味は無い。招待状は届いたその日に破り棄てた。一年前に旅を共にした仲間達は、示し合わせたようにタタル渓谷に集まっていた。セルニアの花が咲き誇り、不思議に灯る光の中、彼はしっかりとした足取りで還ってきた。


おかえりなさい、その言葉を飲み込む。


ルークと呼ばれたレプリカ、アッシュと呼ばれたオリジナル──「彼」はどちらなのだろう。ティアもナタリアもガイもアニスも、答えが導き出せずに、彼の名を呼び倦ねている。

「ここからなら、ホドが見渡せる。それに……約束したからな」

彼はそっと、微笑みを浮かべた。

(嗚呼、嗚呼、彼だ……!)

私は歓喜し、心中で、そっと彼の名を呼んだ。もしかしたら此の選択はとても残酷なのかもしれない。だからこそ、どうしても、声に出すことは出来なかった。彼がどちらでも無いのなら、どんなに倖せだったろう。だが、当に私は彼が誰だかを識っている。彼は死んで、彼は生き残った。その事実が、仮定を真実に変えた。





「ジェイド!」

皆との一頻りの話を終えて、彼は最後に私へと歩み寄ってきた。心臓が、とくん、と小さく音を立てる。

「…お久しぶりです。…それにしても、背、伸びましたねぇ」
「ああ、ジェイドは…痩せたな。駄目だぞ、ちゃんと食わないと」

自然と視線が交わるのが嬉しいのか、彼は少し背伸びして私を見下ろしている。

「おやぁ、貴方に説教されるとは、私も落ちたものです」

老いていくばかりの私とは反対に、彼は成長している。彼が存在している事実が、嬉しくて堪らない。くつくつと、二人で小さく笑う。暖かい笑顔が眩しい。眩しくて、瞼を閉じた。動作のひとつひとつ、私の中の彼が鮮明に甦っていく。安堵と焦燥を、生む。

「…久しぶりに笑ったよ」
「…私もです」

にこり、微笑む。笑う余裕なんてありませんでしたから、とは言わなかった。

「……また逢えて、よかった」
「それは此方の台詞ですよ。…後ほど、お話を伺っても?」
「ああ。…俺、ずっと、ずっと逢いたいって思ってたんだ。ジェイドに逢いたいって」
「私に、ですか?」
「逢いたいと一番強く願ったのはジェイドだった。…だから、ジェイド」
「? 何でしょうか」
「生きていてくれて、本当にありがとう」
「―――――」

真っ直ぐに正面から交わる視線に動揺して、指先が痺れ出した。痺れた指先で誤魔化すように彼の頬に触れる。ああ、確かに彼は此処に存在している。あたたかな温もりを孕んでいる。そのことに、私は心底安堵した。

色盲の両眼で、彼を見つめる。彼は相変わらず、真っ直ぐに私を見ていた。




進行性の神経病だった。譜眼やコンタミネーションは、自分が思っている以上に負担になっていたらしい。徐々に視力も衰え、手足の指先から感覚が失せていく。末期になると、記憶すらも、消えていく。すべてを失くして、何も感じられずに死んでいく。そんな最期を知って、私は「自業自得だ」と己を嘲笑した。

初期症状として、色を失くした。

視力が落ちていないことが、唯一の救いだった。まだ、軍人として生きていられる。存在価値を失わずに済む。それが、それだけが心の支えだった。目に映るもののすべてはモノクロ。白と灰と黒の世界で、美しきグランコクマは、灰を被ったように輝きを失くした。ピオニーやガイの眩しい金髪も、己の瞳の色も、空の色さえも、すべて。




「――ド、ジェイド?大丈夫か?」
「…ああ、すみません。何だか気が抜けてしまって…大丈夫ですよ」

向けられた微笑に安堵して瞼を閉じる。

嗚呼、本当に、貴方に逢えてよかった。視力が失せる前に、一目でも、貴方を映せてよかった。もう、貴方の色彩は視えないけれど。 それでも、貴方に再び逢えて、私は……



「おかえりなさい」
「ただいま」


『ルーク・フォン・ファブレ』は静かに生還した。