abgefallener Engel






世には白き翼を持つ『天使』と、黒き翼を持つ『悪魔』がいた。相対する二つの種は決して馴れ合うことをせず、また許さず、数世紀に渡り秩序を守ってきた。だが、やがてそれは一人の存在によって乱され、崩壊することとなる。

ジェイドは右には白き翼を持ち、左には黒き翼を持つ、天使と悪魔の混血種として生まれた子だった。それは紛れもない禁忌。その証として彼の瞳は艶めかしい血の色をしている。不自然な色彩は、混血の象徴だった。

ジェイドの両親は秩序を乱したことにより罰を受け、追放された。天界では殺傷が禁じられているため殺されることはなかったが、ジェイドは両親の記憶を操作され、大天使ピオニーに引き取られた。それからずっと共に暮らしている。

混血種である為かジェイドは成長が遅く、数百年の月日を得て、やっと大人になった。幼かったジェイドは美しく、またどこか妖艶に成長した。――そして、時を止める。

天界には『成長』はあっても『老化』は無い。永遠の時間を生きるため、ある程度で成長が止まる。誰もがジェイドの美しさに惹かれ、自分のものにしたがったが、真実を知ると、結局最後には彼を『化け物』と罵り、ひどく蔑むのだった。
それでもジェイドは他人を憎むことをしなかった。

「やぁーっと見つけた、ジェイド!」
「あ、ガイー。こんにちはー」
「こんにちはーじゃないだろ!ピオニー様が心配してるぞ!ジェイドはどこだーって騒がれて大変だったんだからな!」
「それで貴方が駆り出されたワケですね、ご苦労様です」
「苦労掛けてるってわかってんなら、黙って城を抜け出さないでくれよ…」

ガイはピオニーお抱えの使用人だ。ガイはピオニーからジェイドの世話を命じられているので、たまにこうしてフラフラと散歩に出掛けてしまうジェイドを探しに来る。上級天使であるガイが自分などの世話係に収まっているのが不思議でならないが、ジェイドは何も訊かなかった。

「すみません…怒っていますか?」
「…怒ってはいないさ。ただ、俺もピオニー様と同じでジェイドが心配なだけだ」
「ガイはやさしいですね」

ジェイドに微笑まれ、ガイは言葉を詰まらせた。

「ありがとう、ガイ」
「なっ、何だよ急に改まって…」

とくん、ガイの鼓動が早くなる。向けられた笑みに、頬が熱を孕む。

「ガイは優しくすることに、まったく見返りを求めていませんね」
「それは…そんなの当たり前だろ?」
「ガイの、そういうところ、好きですよ」
「…アンタってさ…。そういうところが、可愛くないよな」
「?…それは、どういう意味でしょう」
「ずるいって意味だ」

ガイの言葉に、ジェイドは困ったように笑った。

「さっ、帰るぞ。ピオニー様が待ちくたびれちまう。あんまり遅いと、城を飛び出しかねないからな」
「…ああ、ピオニーなら、するかもしれませんね」
「それだけは、勘弁してほしいがね」

大天使ピオニーは、ジェイドをひどく寵愛している。
『異種』『堕天使』『禁忌の子』とジェイドが蔑まれる度に、ピオニーは怒りに拳を震わせた。ピオニーはジェイドに、まるで自分の子を慈しむかのような愛情を注いでいる。だが、ピオニーは愛欲の対象としてジェイドを見ていない。ジェイドはそれが嬉しかった。ピオニーの純粋な愛にジェイドは救われ続けている。

ガイは心からピオニーを尊敬していた。ガイではジェイドを絶望の淵から救ってやることは出来なかっただろう。天界一の権力を持ちながら、それを振るうことをせず、己の腕だけでジェイドを守り抜いてきた真実の王。かなうわけも無い、ガイは小さく頭を振った。

「ガーイー。お腹が空きました、早く帰りましょうよー」

気付けばジェイドが遠くなっていた。雲の階段の先、白い服の裾をはためかせている。両翼には包帯を巻かれ、その存在を隠している。 ジェイドがそうしたがったわけではない、ピオニーの家臣たちが禁忌を晒すのを許さなかったのだ。

「ガーイー?置いて行きますよー?」
「…今行くって」
「早くしないと逃げちゃいますよ」

にっこり、深い笑みは悪魔のそれだった。

「…そしたら、つかまえるさ」

ガイの呟きはジェイドに届くことなく、蒼い風に浚われて行った。