肩甲骨は翼のなごり






スメラギさんに誘われて、断りきれずに酒を飲んだ。ジンライムを二杯、それに果実酒を一杯。それから・・・覚えていないが、相当飲んだ。僕はアルコールに強い耐性を持っているみたいだった。ほろ酔い気分でティエリアの部屋へ行き、キーロックを外す。 前に半分冗談で暗証番号を尋ねたら、あっさりと教えてくれたのだ。(ありえないでしょう、あの、ティエリアが!)

信用されているのか、見くびられているのか―――きっと後者だろうが、僕は前者だと信じたいよハレルヤ。でも教えてくれたということは、多少なりとも僕にプラスの印象を抱いているからであることに間違いないので、それだけでも嬉しかった。ちょっと感動して、涙が出た。

どうしてティエリアの部屋に来たのかは自分でもわからない。けれど、シュンッと軽い音を立てて開いたドアの先、部屋の主がいたことの珍しさに、一瞬で理由なんてどうでもよくなる。頬の筋肉がだらしなく緩むのを感じた。

「…何の用だ。アレルヤ・ハプティズム」
「ティエリアに会いたかった」


部屋に入るや、鋭い一瞥を受けて思わず苦笑いが漏れる。

「…何を言っているんだ、馬鹿らしい。用が無いなら勝手に入ってくるな」
「ティエリアが暗証番号を教えてくれたから入れたんだよ。ありがとう、ティエリア」
「…お前、酔っているのか?…強いアルコールの匂いがする」
「珍しいよね、ティエリアが部屋にいるなんて」

思ったことをそのまま喋ってしまっている自分に、僕はやはり酔ってるのだと自覚する。だって、ティエリアはいつもヴェーダの部屋にいるから珍しいなって思ったんだ!と訊かれてもいない言い訳をすると、ティエリアは綺麗な眉を顰めて、僕を睨んだ。「酔っているのか?」という質問の答えを、僕の言動で理解したようだった。

「…そ、そんな怖い顔しないでよ」

ベッドに腰掛けているティエリアの隣に座ると、二人分の重さを受けて、ギシッとスプリングが軋んだ。勝手に座るな!と声を荒げつつも、その声が嫌悪感を滲ませていないことに安堵する。

「何なんだ、お前!おい、座るなと言ってる…、ぅむ…っ!」

酔った勢いで、キスをした。触れるだけのキスだった。一度離して、今度は舌を差し入れる。ティエリアは抵抗をしなかった。あたたかいティエリアの舌が僕のと絡み合っている。唾液が混ざり合う、いやらしい音。これは僕の妄想じゃない。だって、こんなにも生々しい。あたたかくて、あまい。いいにおいがして、クラクラする。

「ティエリア…」

僕は調子に乗って、ティエリアの肩を抱いてみた。僕とは違って、少し丸みを帯びた華奢な肩だった。抵抗はない。ティエリアの髪に鼻を埋める。ああ、とても良い香りがする。すんすん、と無遠慮に匂いを嗅いでいても、ティエリアは何の反応も示さない。不安を覚えて、顔を覗き込んだ。


すると、真っ直ぐな瞳に射抜かれた。確かにこちらを見ているのに、僕がまるで透明であるかのような、見通す真っ直ぐすぎる視線が、僕を余計に不安にさせる。否定か肯定かをしてくれればいいのに何も言ってくれないのは、どんな意図を持ってのことなのだろう。それは、無関心という名の否定なのか、沈黙という名の肯定なのか。どちらなのか、僕にはわからない。

「…舌が、苦いだろう…」

やっと出た非難の言葉にはどこか甘さを含まれていて、いけないと思いつつも期待するのを止められない。手持ち無沙汰にティエリアの細い首筋を撫でるしかない僕の掌は、緊張や不安や興奮でしっかりと汗ばんでいた。

「ご、ごめん…ね…?」

つん、と顔を逸らしてしまったティエリアの柔らかな頬を両手で優しく包み込み、こちらを向かせた。紅潮する頬と潤む双眸。濡れたあかいクチビル。堪らなくなって、僕はティエリアの唇にしゃぶりついた。

「は、んぅ、ふ……っ」
「ティ…エ、リア…」

夢中でティエリアの唇を貪る。ティエリアのすべてが愛おしくて、いとおしくて仕方なかった。不意に、ティエリアが僕の肩を掴む。それでもそれは押し返すようなものではなく、もしかして…という甘い期待が胸に広がるのを止められなかった。

「ん、はぁ…っ」

唇を離すと、くてん、とティエリアの小さな頭が後ろへ傾いだ。それを支える細い首と、服越しに上下するティエリアの薄い胸に、どうしようもなく欲情した。小さな後頭部を支えて、また口付ける。正面から抱き合う形になりながら、カーディガンの中に手を差し入れた。一瞬ビクリとティエリアは身体を強張らせたが、やはり何も言わない。シャツを半分ほど捲り上げて、浮き出た脊椎を下からひとつずつ指で辿っていく。

「…ねぇ、肩甲骨は翼のなごり…って知ってる?」
「…し、らない……」

くっきりとした肩甲骨を撫でながら、いつか読んだ小説の件を思い出す。古い記憶だ。人の温もりを知るために、神様は翼をなくしたのだろうか。だって、翼が生えていては愛しい人を抱き締められないのに。

「君に翼がなくて、よかった」

たとえ翼が生えていたとしても、きっと、僕はもぎ取ってしまうだろうけれど。