ゴーイングマイウェイ






遊び感覚でさ、楽なんだ。

そう言った男が、ひとりの女性を想い続けている事を、私は知っている。嘘吐きめ、と思いながらも、目の前にいられたら手を伸ばさずにはいられない。常と違い下ろされた長い髪を引っ張ると「痛いよグラハム」と男は困ったように笑った。軍人のそれとはかけ離れた手入れの行き届いている髪にキスをして、唇で軽く食む。前にベッドの上で褒めたら、「男に褒められたのは初めてだよ」と少し驚いた様子だったのを覚えている。それはそうだ、頻繁にあっては困る、私が。カタギリが綺麗に見える男なんて私だけで十分だ。







「遊び感覚でさ、楽なんだ」

どうして私の誘いに乗ったのかと野暮なことを尋ねてみたら、カタギリはこう答えたのだ。それもそうかと言うと、困ったように笑うので、私はキスをしたい気持ちで一杯になる。だって、私はカタギリの困った表情が大好きなのだ。今、私たちはベッドの上にいる。そして、ベッドの上でなら簡単に距離を詰められる。だから、キスすることだって簡単だ。

馬乗りになり、そっと唇を重ねて、少し強引に割り開き舌を絡める。角度を変えると漏れる鼻に抜けるような甘い声が私を煽るのをカタギリは知らないだろう。ギシリと軋むベッドのスプリングの音が、昨夜の行為をフラッシュバックさせ私を勢い付ける。

「…はぁ、駄目、もう疲れた」

たった数十秒のキスでカタギリは息を上げた。まったく情けないことこの上無い。これだからインドアは嫌なんだ。最近は私が調査という名目を借りて強引に連れ出したりしているから、そう呼ぶには適していない気もするが。かと言ってアウトドアかと訊かれるとそれも違う気がする。私がいないカタギリの休日は大抵パソコンに向かっているか読書をするかで終わるからだ。

――まあ、そんなことはどうだっていい。これくらいで音を上げるカタギリは、やはり運動不足なのだろう。それとも食生活がいけないのだろうか、と思い返すと記憶の中のカタギリは暇さえあればドーナツばかり食べていた。スラリと伸びた細長い手足や、端正な顔立ちからは想像出来ないが、彼は相当な甘党なのだということを、ここに明記しておこう。

「シャワーを浴びたら朝食に行こう。さっき冷蔵庫を覗いたら何も入ってなかったから、ついでに買い物も。そういえば最近、美味しいドーナツ屋さんを見つけたんだよ」

ああ、ほらまただ。どうせテイクアウトして、昼も仕事片手にドーナツを頬張るに決まっている。それでも瞳を輝かせるカタギリを可愛いと思ってしまうのは、私が彼に惚れているからだろうか。

「毎月新商品が出るんだって。すごいよね。その店のホットチョコレートがすごく美味しいから、グラハムにも飲ませたくて」

最近太ったのは間違いなくカタギリの所為だ、と自分の頬を摘みながら考えを巡らせていると、どうしたの?とカタギリが顔を覗き込んできて、ぎゃあ!と変な声を上げそうになった。ま、まったく心臓に悪い!

「? グラハム、どうしたんだい」
「カタギリ。あまり顔を近付けると、キスをするぞ」
「待って。その前にシャワーを浴びて朝食に行こうよ。ね、お願い」

…と、ニッコリと微笑まれては、触れることすら出来ない。古今東西、惚れたほうの立場が弱いのは常である。つまり、俺は弱いほうの立場なのであった。いつだってこんな風にカタギリは私よりも一枚上手だし、余裕があるし、落ち着いている。その上、私は滅法カタギリの「お願い」に弱いのだ。渋々ながらドーナツ屋に付き合うのも、書類の整理を手伝うのも、私に対する「お願い」の結果なのである。ついつい頼みを聞いてしまう私にも落ち度はあるだろう。だが、もう後で自分の情けなさに溜め息を吐くのは嫌だった。

「なあ、カタギリ」
「ん?……ああ、シャワーならグラハムが先に浴びてきて良いよ」
「…今日は、過去の私が報われるように、パッションの赴くまま、行動しようかと思う」
「え、う、うん?」

どういう意味?と首を傾げるカタギリの腕をぐっと掴み、引き寄せる。


「だから、手始めにキスをすることにしよう」