失望の音はすぐそこに
『ほら、また眉間にシワ寄ってるぞ?』
そう諭すように、そっと触れてくる指先は嫌いじゃなかった。宥めるように優しく頭を撫でられるのは嫌いじゃなかった。好きだぞ、と頬にキスをされるのも、嫌いじゃなかった。ロックオンが俺にする行為のすべてを……すべてが、俺は――好きだった。
「ティエリア。何か食べないと……栄養剤ばかりじゃ駄目だよ。顔色が悪い」
俺は小さく頭を振ることで否定した。今は胃に何も入れたくなかった、他人と会話する気分にもなれなかった。アレルヤの気遣いが疎ましかった、煩わしかった。気を緩めたら、吐いてしまいそうだった。呼吸をする度に、空の胃が、きゅうっと痛む。
(情けない……)
自分を客観的に見られるくらいには、俺は変わったらしい。その、大きな切っ掛けとなったロックオンは、俺の前から消えた。いなくなって、しまった。帰還したデュナメスのコックピットは、空だった。それを知ったとき、声が、身体が、震えた。
間に合わなかった、と刹那・F・セイエイは言った。理不尽な怒りが込み上がるのを感じて、頭を振った。違う、悪いのは彼じゃない。彼なんかじゃ、ない。彼に八つ当たりをするのは、間違っている。わかっていたけれど、持て余した憤りは、消えなかった。 だから。どうして、と彼を問い詰めて――スメラギ・李・ノリエガに頬を張られて、やっと気が付いた。 ロックオンを負傷させ、実力を削ぎ、今回の原因を作ったのは自分なのだと。本当は知っていたけれど、怖くて認めることが出来なかったのだ。それを諒解したとき、目の前が真っ暗になった。自分に対しての絶望と失望とがない交ぜになって、涙が頬を伝った。
せめて、伝えたかった。何をかと問われると…わからない。わからないけれど……只、礼を言いたかった訳ではないのは確かだ。もしも言ったなら『はは、何だよ急に』と頭を撫でられて、優しく抱き締められて、キスを、されたかもしれない。いつものように。だが、これは何もかも仮初の話。もう、ロックオンは此処にいないから。
「ティエリア、泣かないで」
(ロックオン、ロックオン、ロックオン……!)
他人に醜態を曝していることを構う余裕など、なかった。羞恥よりも、たとえようのない哀しみが自分を支配していた。枯れることを知らないように、涙は止め処なく頬を伝い、無重力に逆らうことなく、小さな粒となって宙に浮かんでいる。こんなときロックオンだったら優しく拭ってくれるだろう、と過去を思い出してしまって、余計に涙が溢れ出した。嗚咽はどうしてもせき止められず、喉を、身体を震わせる。
「たくさん、泣いていいよ。泣き疲れたら、僕の腕の中で、眠っても良いから」
「……っ、」
「ロックオンのこと、好きだったんだよね」
そっと、頭を撫でる大きな掌。もう、人間の体温にも慣れた。不思議だ、他人の熱なんて、不快なだけだったのに。鬱陶しいばかりだったのに。どうして今はこんなにも、恋しいのだろう。ただひとりの体温を、焦がれているのだろう。
あたたかい、てのひら。──でも、これは、ロックオンのじゃない。
「ロック…オン…!」
好きだったんだよね、アレルヤの言葉を思い出して、涙が溢れた。