きみはまぼろしに恋をする






「ねえ、ロイド。僕は幾ら君を抱いても満たされないんだ。満たされるのは兄上とセックスをする時だけ…。でも、ロイドがいないと困るんだ。何でだかわかる?当ててみて。…え?興味が無い?…はは、まあ、ロイドにはわからないだろうね。あのね、兄上はロイドのことが好きだから、ロイドを抱くんだよ。知ってる?知らないよね、ロイドがいないと兄上の御機嫌は頗る悪いんだ。つまり、ロイドは僕と兄上の間の『緩衝材』なんだよ。だから、だから死ぬまで兄上の傍にいて、」



―――そして、僕に抱かれろ。










僅かに憎悪が篭った声色で「愛してる」と囁かれても、素直に頷くことなんて出来る筈が無かった。ボクに出来るのは肯定も否定もせず、ただ彼を受け入れることだけ。結局、セックスの相手なんて誰だっていいのだ。たとえ愛が無くったって、突っ込まれて突き上げられれば身体は悦びに震えるのだから。

(だって、そういう仕組み!とっても便利だね!おめでとぉ〜!)


ボクは世間で言うところの「同性愛者」ではないのだろうが、確かに女性に欲情するようなことは一度だってなかった。それに、言い寄って来る物好き達に突っ込みたいと思ったことも無かった。たぶん、ボクは性欲が極端に薄いのだ。それでも構造上溜まるのは仕方のないことだし、それを吐き出す場所も必要だった。

―――だから、利用した。

ボクは緩衝材なんかじゃない。ボクが彼と、彼らとセックスする理由は、それだけだ。それだけでしか、ない。




「あ…っあ、ん!」
「ロイド……ッ」

激しく揺さぶられると、意識が飛んでしまいそうになる。もうこれで何度目か判らない射精を迎えて、ボクはぐったりとクロヴィスの肩に頭を凭せ掛けた。彼は珍しくボクの名前を呼んで、それだけなのにボクはひどく感じてしまって、クロヴィスを締め付ける。その瞬間、中のクロヴィスがひときわ大きくなった。ぐっ、と前立腺を刺激されて、全身に強い電流が走る。

「ぁ…や……っ!」

何か握っていなければ、吐いてしまいそうだった。だが、シルクのシーツはつるつるとしていて、なかなか捉えきれない。体内を掻き回されていると、内臓が圧迫されて、嘔吐感が込み上げてくる。吐いてしまってもいいと思ったが、吐瀉物の臭いを撒き散らしたベッドの上でセックスなんて絶対にしたくなかった。嗚呼、でも胃は空っぽだ。だから、吐くものは、何も無い。胃液くらいは、出るかも知れないが。

「あにうえ、あにう、え……っ」

今日も彼は狂ったようにシュナイゼルを呼んでいる。もう最中にボクの名前を呼ぶことは無いだろう。そんなにシュナイゼルが良いのなら、ボクじゃなくてシュナイゼルを抱けば良い。若しくは、抱いて貰えば良い。それが無理でも、性欲処理なんて他でも出来るだろうに、どうしてそれをしないのだろう。

以前それを尋ねたら「シュナイゼル兄様と同じ孔に入れたかったんだ…」とクロヴィスは言った。頬を染めながら気持ちの悪い科白を口走られるのはもう嫌なので、ボクはもう何も訊かないことにした。



いつの間にか、顔がびしょ濡れだった。それが汗か涙か唾液か、もうそれすらも判らない。ボクに突っ込む前、キスだけでクロヴィスは達してしまったから、そのときに飛び散った精液かもしれない。シーツを握ると、そこにも飛び散っていたのか、ヌルリとした感触がしてボクは眉を顰めた。

(うへぁ…きもちわるい……)

「あ、あに、うえ……っ」
「ア………っ!」

体内に温かなものを感じて、クロヴィスが熱を吐き出したことを知る。それによって、びくんびくんっと内壁が痙攣するように震動したのが分かった。事後処理が大変だから止めろと言っているのに、最中になるとクロヴィスはいつも忘れてしまうのだった。その頭は飾りか、とボクは体内に熱を放たれる度に思う。

(困った皇子サマだねぇ、まったく…)

彼は最中と達するときには必ずシュナイゼルを呼ぶ。シュナイゼルを抱いているような、抱かれているような、そんな錯覚を起こして悦んでいるのだろう。初めのうちは面白いと思ったけれど、慣れるとただ不快なだけだった。

血の繋がった実兄弟が肉体関係を持って何になるのだろうか。わからない、まったくわからない。狂っているのだ、クロヴィスも、シュナイゼルも。

そんな兄弟に抱かれ続けているボクも、きっと狂っている。けれども求めてくるのはいつも彼らからだ。それに、拒否権はない。

「は…兄上……」

僅かに上擦った声は、いつもボクを苛付かせた。息を整える間さえも、途切れ途切れにシュナイゼルを呼んでは、恍惚の表情を覗かせる。どうしてこんなことをしているんだろう、ボクは、シュナイゼルじゃないのに。

でも、どうしようもなく綺麗で、ボクはいつもクロヴィスから目を離せなくなる。悔しいけれど、最中のクロヴィスって、とても綺麗。ボクは我慢が出来なくなって、金色の長い睫毛にキスをした。








「…ロイドは、私に抱かれている時に、兄上を思い出すことがあるか?」

タオルで身体を拭き終わると同時に、後ろから抱き締められた。耳元に掛かる、熱い吐息。汗で湿った冷たい肌が背中に触れて、反射的に身体が強張った。

それから、腰に硬く熱いものに気付く。ボクは、心底うんざりとした。ああもう、自分ばっかりが若いと思わないで欲しいですよ、まったく。ただでさえボクは体力が無いのに、これ以上されたら明日の仕事が出来なくなってしまうじゃないか。

「…アハ、それは…クロヴィス様でしょう?」

返事は無かった。無言のまま身体を反転させられ、今度は正面から抱き締められる。熱の存在を強く擦り付けられて、顔の筋肉がピクリと引き攣った。ボクは本格的に興醒めしてしまった。

クロヴィスから逃れて、シャワールームへ向かう。途中で名前を呼ばれたような気がしたけれど、振り向かないでやった。

(何回やれば気が済むんだろうか)



「ねっ、ねぇ、ロイド…私と、一度で良いから、恋人同士みたいなセックスをしないか」

シャワールームに駆け込んで来たクロヴィスは、弱弱しい声で、そう言った。…ああ、鍵を閉め忘れた。追いかけてくるのはわかっていたのに。失敗した。返事をしないでいると、不安げに名前を呼ばれた。仕方なく振り向くと、今にも泣き出しそうな表情のクロヴィスがいた。ロイド、とクロヴィスが再びボクを呼ぶ。

勝気なクロヴィスがこんな風になるのは珍しいな、と考えていると、不意にしなやかな腕が伸ばされた。一瞬でそれに捉えられ、タイルの壁に押し付けられる。つめたい。

「…恋人同士みたいなって、何ですか」
「あ、兄上は……どんな風に、ロイドを抱くんだ…?」
「…どんな、って言われても…普通ですよ。どうしてそんなことを訊くんです」
「だっ、だって、兄上と同じようにロイドを抱けば、恋人同士みたいなセックスが出来るって、思って…!」

抱き締められている為に見えない表情は、それでも何となく予想がついて、ボクは再び溜息を吐いた。クロヴィスはボクとシュナイゼルの関係に、どんな夢を見ているのだろう。ボクはシュナイゼルと恋人という訳じゃないし、男同士のセックスなんて、結局はただの性欲処理に過ぎないのに。

もしかして、抱いているうちに情が移った?いつもシュナイゼルの名前しか呼ばなかったのに、時々ボクの名前を呼ぶようになったのは何故?ボクと恋人同士みたいなセックスがしたいなんて、どうして突然言い出したの?

シュナイゼルはクロヴィスに興味がない。セックスはしても、クロヴィスのものにはならない。

―――だから、ボクを好きになった?



「クロヴィス……」

昔のように名前を呼ぶと、びくっとクロヴィスの肩が強張った。密着する肌が僅かに震え、そして離れると、ボクの顔色を伺うように、なに、と小さな声で呟いた。ボクすらも離れていくのかと、絶望の淵で爪先立ちをしているような顔をしている。クロヴィスは怯えているのだ、と思った。きっと拒まれるのが怖いのだろう。裏切られるのが怖いのだろう。可愛いね、クロヴィス。

後ろ手でコックを回した。シャワーの勢いを強くすると、タイルに叩きつけられる水音が騒がしくなる。降ってくる水は温かくて、冷えた身体が熱を帯びていくのを感じた。

面白い、面白いよ。だって数十回のセックスなんかで信頼関係が築ける筈が無いのに。

「ボクはしないよ」

にっこりと笑顔を貼り付けて告げた途端、クロヴィスは声無く泣いた。…ああ、愚かで可愛い。なんて可愛いの、クロヴィス。ねぇ、どうして君は、無理矢理にでも繋いでおこうとは考えないの?奪うことを、識らないの?

ボクは決して君に抗ったりしないのに。



「するべきじゃない」







その数日後、クロヴィスが殺害された。