イクタサ








込み上げる嘔吐感に、ロイドは蹲った。気持ち悪い、と独り言を言って気をまぎらわせようとするが、あまり意味は無くて、目眩ばかりがする。

昨日は、第二皇子シュナイゼル殿下の誕生日だった。直属の部隊だから、とシュナイゼル殿下直々の命令でパーティに顔を出すことになり、案の定につかまってしまって――今に至る。これが貴族が好きな、ある種パフォーマンスのようなものだったなら逃げ出せたかもしれない、と思う。だが、特別派遣嚮導技術部――通称、特派――が呼ばれたのは個人的なものだった。セシルは遠慮して参加しなかったので、実際参加したのはロイドとスザク、そして数名のスタッフだけだ。

「っ、ふ」

呼吸が浅くなり、息が止まりそうになる。堪らず立ち上がり、トイレに行こうと歩き出すが、無理だった。壁にもたれて、呼吸を整えようとする。は、と吐き出す息はアルコール臭くて、余計に気持ち悪くなった。もともと酒には弱くも強くもなかったが、久しぶりに胃に入れたアルコールはなかなかに刺激的だった。シュナイゼルの近くに座らされ、酒を煽られ、腰を撫で回された。もちろん、見えないように。飲み慣れない酒で、ロイドは早々に右も左も分からなくなった。隣でシュナイゼルが面白そうに目を細めていたのは覚えている。周りの部下らしき人達が心配そうにこちらを伺っていたのも。そこまでは記憶にあるのだが。

「大丈夫ですか?」
「……大丈夫そうに見えるかい?」
「あんまり」

いつのまにか傍らに立っていた青年――枢木スザクは苦笑して、ロイドの背中をさすり始めた。掌には、くっきりと浮き上がっているだろう背骨の感触があって、余計に苦笑してしまう。また、痩せた。きっと最近、きちんとした食事を取っていないせいだろう。食事に時間を掛けることをしないで、コーヒーや、栄養補助食品ばかり口にしているからだ。スザクは密かに溜め息を吐いた。

「ん、何…?」
「…いえ、何でも」
「? あ、もう良いよ、アリガト」
「…大丈夫ですか?」
「ウン」



ふと気が付くと、目の前にあったシュナイゼルの顔。自分の身体に目をやると服を着ていなかった。また意識が遠のいていったが、息苦しさに我に返ると、シュナイゼルがロイドの上で何やらごそごそと身体を動かしていた。酒で麻痺していたのか、その感覚は、なかった。ロイドは意識を戻したり失ったりを繰り返し、やがて静寂の中に飲み込まれていった。




「でも顔色が…」
「だぁいじょうぶだよ。二日酔いなだけ」
「…シュナイゼル殿下が、ロイドさんは酔い方が下手糞だって言ってました」
「殿下が?」

心底嫌そうに、ロイドは顔を歪めた。いけしゃあしゃあと、よく言う。次から次へと酒をすすめてきたのはシュナイゼルで、酔い方が上手も下手もないだろう。胃の違和感は、未だ消えてくれない。ロイドは心の中で盛大な溜め息を吐いた。

「…ハハッ、誰のせいだと思ってるんだか」

思い出したらまた吐き気がしたので、ロイドは壁に背中を預けることにした。それから、そっと目を閉じる。昨夜の行為は、薄れた記憶の中にあってあまり覚えていないが、腰の鈍痛がそれを物語っている。まだ抜けないアルコールに頭まで痛くなってきて、ロイドは心中舌打ちをした。

「…もしかして、未だ気分が?」
「んーん、大丈夫。眠いだけだよ。ボク、宿直室で仮眠取ってくるから。何かあったら呼んでね」
「分かりました。ゆっくり休んで下さい」
「…ん、スザク君もね。明日の訓練に響くから。じゃあ、オヤスミ」

スザクが少し寂しそうな表情を浮かべていた気もするが今夜はもう相手をする余裕なんて残っていない。いろいろと、疲れた。ひたすらに眠くて、簡易ベッドにほとんど倒れるような形で寝転んだ。あまりスプリングは効いていないベッドだが、他のものよりも格段に安心して眠れる。その証拠に、すぐロイドに眠気が襲ってきた。暫く酒は飲まないことにしよう、と落ちていく瞼が閉じる瞬間にロイドは思った。