ジュネスが捧ぐ徒死







涙は出なかった。声も出なかった。どうにか出たのは、小さな溜め息だけ。終わったんだね、あんまりよくしてあげられなくて、ごめんね。


何故か声が出なかったので、口の中で言葉を転がした。虚無感に飲み込まれそうになって、煙草を取り出して、とりあえず火を着ける。ふわりと広がる苦い味。吸い慣れたものの筈なのに、何故か咽返った。涙目になっていたのをセシル君に見られてしまって、何を勘違いしたのか、彼女は顔を歪ませて泣き出した。

「ロイドさん…っ、ロイ、ドさ…」

嗚咽に混じって縋るようにボクの名前を呼ぶセシル君の声。居た堪れなくて、ボクはスッと静かに瞼を閉じた。

『軍人は如何なる時も私情を表に出してはならない。』

そんなことを都合よく思い出して理由にして、ボクは泣かなかった。泣けなかった。だって、ボクの涙腺はいつの間にか乾いてしまったから。

セシル君が泣くなんて、ラクシャータが出てった以来のことだった。だから、ボクはあの時のことが否が応にもフラッシュバックしてしまって、なんだか妙な気分になった。こういうとき、慰めた方がいいのは、わかってる。でも、ボクにはそれが出来ない。だって、どうして泣くのかが、わからないんだもの。スザク君は優秀なパイロットで、パーツで、デヴァイサーで。彼を亡くしたことは、とても惜しいし、残念だけれど。それ以上は感じない。感じられない。

無言で抱き締めるのも何だか違う気がしたので、とりあえずボクはセシル君に黙って背中を貸していることにした。背中が濡れるのは嫌だったけど、やっぱり振り払う訳にはいかないし、セシル君は特別だから、別に良いかなって思った。

「もう…大丈夫です……あの、すみませんでした…」
「アハ!ありがとう、でしょ?こーゆー時は!」
「……そう、ですね。ありがとうございます、ロイドさん…」

一応、涙は収まったようで、セシル君がボクから離れていく。いつもは凛とした雰囲気を湛える瞳は、しとどに濡れていて、瞼が赤く腫れ上がっていた。もしかしたら、ボクが来る前からずっと、ずっと泣いていたのかもしれない。背中にあった温もりが消えて、少し肌寒いな、と思った。

遠くで、ず、と鼻を啜る音が聞こえた。ああ、まだ泣くの?






その日の夜、シュナイゼルに呼ばれた。なぜか行く気にはなれなかったけれど、無視する訳にもいかない。ボクは常より重く感じる足取りでシュナイゼルのいる所へ向かった。嗚呼、どうしてこんなに、気分が悪いんだろう。吐き気がする。

セシル君はボクが謁見に行くのをひどく嫌がった。いつもならこんな風に強く咎めたりしないのに、ボクの腕をしっかりと掴んで、セシル君は懇願した。お願いですから行かないでください、彼らを殺した彼のところになんて行かないでください…!それを、ボクは無視した。ランスロットを、スザク君を殺したのがシュナイゼルであっても、ボクは彼に逆らうことは出来ない。だって、ボクは、そういう風に刷り込まれてるから。

ごめんね。アリガトウ。





「…ロイド、遅かったね。来てくれないのかと思った。待ち草臥れてしまったよ。…もしかして、有能な助手を言いくるめるのに手間取ったかな?ああ、それとも慰めに抱いてきたのかな?」
「…あーのォ、殿下はァ、言葉遊びの為にボクを呼んだ訳じゃ無いですよねぇ?ご用件は何ですかぁ?」
「ふふ、せっかちさんだなあ、ロイドは。…何時もと同じだよ、服を脱ぎなさい」
「……っ…!」

シュナイゼルに軽く肩を押されて、ボクは簡単に絨毯の上に転がってしまった。『せっかちさん』はどっちだよ、と溜息を吐く。起き上がる気力も無いので、そのまま言われた通りに服を脱ぐ。すると、途中で焦れたのか、シュナイゼルはボクの上に跨ってきた。

「ア、やっ、ア、やぁ、そん…急にィ……ッ!」

胸の突起をシュナイゼルに舐め上げられ、おまけに犬歯で強く噛まれて、痛みと快感が脊髄を通って下半身へと突き抜けた。半分叫ぶようにして出た嬌声に、シュナイゼルは気を良くしたのか、楽しそうに口元を歪ませた。僅かに起ち上がり始めた自身を、ぎゅっと握り込まれる。そのまま上下に擦られたが、焦らすような緩慢な動きでしか扱いてくれず、達するまでには至らない。代わりに溢れ出した透明な蜜を細長い指に絡めて、シュナイゼルはボクの中に入ってくる。

「…ひ、ッア!」
「嗚呼…まだ指だけだと言うのに、前をこんなにして…困った子だね?」
「ア…ハ…ッ!そ、んなっ、今更でしょぉっ?」
「ふふ、そうだったね」

脚を抱えられたと思ったら、次の瞬間に、ずん、と一気に貫かれて、後孔は歓喜に悲鳴を上げた。開発されきった身体は、すんなりとシュナイゼルを受け入れる。締め付けると中のものが質量を増すことは知っていたので、ボクは無意識に下半身に力を込めた。だって、そのほうがキモチイイのを知っているから。

「…ッ、本当に淫乱だね…君は…っ」

足を肩に掛けられより深くえぐられて、シュナイゼル自身が強かに前立腺を掠める。

「ヒ…あ、あぁッ!やぁ…ッ!」

いつもより激しく突いてくるシュナイゼルの瞳孔が開ききっているのが見え、彼も人の子だったのだと、頭の片隅で考えた。シュナイゼルは大勢の人間の命を自分の手で摘み取ったことに、ひどく興奮している。それにボクの大切なランスロットが含まれていたから余計に。そうでなければボクを呼び出してこんな風に犯したりしない。こんなにも楽しそうに、こんなにも残酷に。

―――嗚呼、どこまで悪趣味なのだろう、この男は。

「そんなに興奮しないで…だ、めぇ…ッア、ァ――・・・!」

一際深く抉られて、ボクはあっさりイッてしまった。射精の余韻に浸っていると、シュナイゼルはうんざりしたような表情を浮かべて、ボクの中から一気に自身を引き抜いた。その場所が蠢くように痙攣しているのが、自分でもわかった。どうせなら、もっと、気を失うほど強く揺さぶってほしかった。気が付くとシュナイゼルは処理をしてくれる訳でもなく何処かへ行ってしまっていた。

(困ったなァ…タオルくらい、欲しいんだけど……)

暫くして隣の部屋から女の無駄に高くて甘ったるい喘ぎ声が聞こえてきて、ボクは自分の置かれている状況を一瞬で理解した。

(…なぁんだ)

軋む身体を腕で支えて立ち上がろうとしたけれど、無理だった。後ろからどろりと溢れ出した精液が絨毯と太腿を汚した。早くシャワーを浴びたいのに、足腰に力が入らなくて、立てない。結局、太腿に付いた精液が完全に乾いてカサブタのようになるまで、ボクは絨毯の上に転がっていた。


――そのまま、シュナイゼルが戻ってくることはなかった。