トライアングル






『どうした?』

時折鏡夜は受話器の向こうでくぐもった声を出していた。不思議に思って尋ねるが、いつもの調子で何でも無いと言われてしまい、環はそれ以上何も聞けなくなる。

『気分が優れないのか?』
「…そう、みたいだ」
『大丈夫か?無理はするなよ。…それじゃ、一旦切るよ』
「ああ。悪い…な、折り返す…」

電話が切れ、無機質な音が耳に届いたのを確認すると、鏡夜は傍らにいる人物をキッと睨んだ。

「はーい、よく出来ましたー」
「…馨。いい加減にしろ」
「ボクといる時に電話なんか出るからだよ。あと、敏感な鏡夜先輩が悪いんじゃない?」

電話の最中、馨はずっと鏡夜の腰を撫で回していた。それは今でも続いている。閉じられた携帯はベッド下へと追いやられ、綺麗に整った白いシーツの上には鏡夜と馨しかいない。ニヤリ、悪びれるそぶりを見せることなく馨は笑った。

「…バレたら大変だもんねぇ、このカンケイ」

鏡夜をベッドへと縫い付けながら、馨は耳元で囁いた。鏡夜は、眉ひとつ動かさない。つまらないなぁ、と馨は顔を歪め、鏡夜を縫い付ける力を強めた。

「ボクとキスしたり、こんな風にすることをバラされるの――嫌でしょ?」

ネクタイを掴んで、ぐいっと鏡夜の顔を引き寄せると、噛みつくように首筋へキスをする。馨は楽しげに笑い、挑戦的な目で鏡夜を見た。針で刺されたような痛みに鏡夜は軽く眉をしかめたが、それは一瞬で、すぐにいつもの無表情に変わった。

「…つまんないなぁ、鏡夜先輩。ボク、鏡夜先輩の困った顔とか、大好きなのに」
「お前は俺を困らせたいのか?」
「…ンー。いや、泣かせてみたい、かな?」

いつも涼しい顔をして決して本心を見せない鏡夜が、泣くところを見てみたい。綺麗な顔が、涙でぐしゃぐしゃになることを想像するだけで、ゾクゾクする。だが、プライドの高い鏡夜を泣かせる策は、馨の頭をフル回転させても見つからない。

「殿にバレたら、鏡夜先輩は泣くかなぁ」
「…言わせて貰うが、」
「――何?」
「…環にバラしたところで、アイツは俺を突き放すようなことはしない。俺にこんなことをしてもお前は環を手に入れることは出来ない。デメリットが多すぎるとは思わないか?」

鏡夜の言葉に、馨は目を見開いた。

「ふ、あはははっ!本気で言ってんの?鏡夜先輩って意外と馬鹿?…てゆうか鈍感?」
「…笑われるとは思わなかった。心外だな」
「心外なのはコッチの方。いつもボクが回りクドイやり方しかしない、って決めつけないでよ」
「……………」
「鏡夜先輩は、ボクが殿のこと好きだから、こんなことしてるって思ってたんだ?」

この完璧主義者にも案外鈍いところがあるものだ、と馨は思った。

「かわいーの、鏡夜先輩」

思っていることをそのまま口に出すと、からかわれているとでも思ったのか、鏡夜は眉間に皺を寄せた。

「…嬉しくない」
「じゃ、何て言ってほしい?」
「…別に……」

皺のばしに眉間にキスを落とした。それから瞼へ頬へ唇へ、どんどんキスを落としていく。どれも触れるくらいのキスだったが、最後のだけは、別だ。

「ン…」

逃げる舌を捉え絡める。そのままネクタイを外し、シャツを脱がせると、日に焼けない白い肌が露になった。

「…お前には、何も望んでいないさ」
「――こうやってされるのは、望んでることじゃないの?」

環はセックスはおろか、キスすら鏡夜にしていなかった。お互いに好きあってるのは、周りから見ても明らかなのに、先に進もうとしない。だから、手を出した。

「殿はしてくれないでしょ?大切にされてるねー鏡夜先輩?」
「…馨」
「…なんて。ハジメテは殿にあげたかったんだけど、もう限界かも。待ちくたびれちゃった。鏡夜先輩もでしょ?」

軽く抵抗していた鏡夜の身体の力が、抜けた。

「――ああ、そうかも、しれないな…」

抱け、と乱暴に口付けられる。こうアッサリ肯定されてしまうとは思わなくて、馨は狼狽した。


「…素直だね?」
「…抱けばいいさ、気が済むまで」
「……っ、」


(……ちが、うよ…)

こんな言葉が欲しかった訳じゃない。胸が苦しい。どうやっても鏡夜は馨を好きになってはくれないのだと、馨は悟ってしまった。

彼の歪められた唇にキスをすることは、出来なかった。