手紙






環とは定期的に会うことになっていた。少なくとも互いの都合がつく時には会って食事をしてそのままブティックホテルへ行くのが常だった。昔殆んど俺に触れることすら出来なかった男が自分から誘ってくるようになったのは、取引先の社交パーティで偶然再会したのがきっかけで、それ以来会えば肌を合わせる関係になった。半分は酒の勢いだったのだろう。そう思ってこんなのはこれきりにしようと申し出たが、環はそれを拒んだ。

俺がそれに弱いことを知っているのか耳障りの好い声で環は懇願して、子犬のような目で俺を見る。懐かしさに胸を脳を身体を支配されて俺は思わずその行為を肯定してしまっていた。

「…鏡夜、今度はいつ会える?」

環の問いかけに俺は沈み掛けていた思考をふっと浮上させる。それまでの話を全く聞いていなかったことを悟られないように顎に指を添え考える仕草をした。情事を終え互いに全裸のままシーツにくるまり、環は煙草をふかしながらにこにこと此方を見ている。真っ直ぐな視線にどこか居心地の悪さを感じて俺は思わず咳払いをした。

「…ああ、都合が合えばいつでも」

口ではそう言いつつ、俺はそろそろ会うのを止めなければならないと考えていた。再来月に俺は挙式する。まだ環には言っていないし婚約者に特別な感情を抱いてはいなかったけれど、このままではいけないと思った。この関係を終わらせるには調度良い機会だと、とどのつまり潮時だと思った。





それから環からの電話にもメールにも一切無視を決め込んで、俺は逃げるように海外に移り住んだ。俺からの初めての拒絶だった。





久々に日本へ帰国して実家に訪れると、元のままに整えられた自室にはそれなりに大きなダンボールが三つほど置かれていた。見覚えのないそれに俺は訝りながら中を確認するために箱を開ける。中身は環からの手紙だった。ここ数年で届いた手紙は軽く三桁を超えているだろう、月毎に輪ゴムでまとめられたそれを適当に掴み、封を開ける。



『前略。鏡夜、今どこに居る。出来れば会いたい』

ひどく単直な文章だった。もう一通の封を開ける。同じだった。何だかもどかしくなって掴んだ分の手紙の封を一気に開けた。



『鏡夜に会いたい』
『鏡夜に会いたい』
『鏡夜に会いたい』

馬鹿のひとつ覚えみたいにそれらには同じ筆跡で同じ内容が綴られていた。今でも環は忘れること無く今日も俺を想っているのだろうか。一方的に、別れを告げることもせず、環の前から姿を消した俺を。あれから何年経った?いつの日かハルヒにどうしてエゴイストの真似事するのかと問われたことがあったが、今の俺はそれ以外の何者でもない。

結婚を理由に環を遠ざけて逃げ出した。正直恐ろしかったのだ。環に再び依存することが、深みに嵌って抜け出せなくなることが、だからその前に俺の中から消去しなければならないと思った。

(…最初から逃れることは不可能だった、それだけだ。)

俺はポケットから携帯を取り出して番号が変わっていないことを祈りながら、飛び出しそうな心臓を掌で押さえ付け、環へと電話を掛けた。無機質なコール音が、耳に痛かった。