秘密の共有者
「鏡夜…」
「…何でしょう?」
委員会のミーティングが終わったあと、珍しくモリ先輩が話し掛けてきた。どことなくモリ先輩の周囲の空気が淀んでいる。きっとあのことだろう、と俺はすぐに思い当たった。
「…俺は、そんなに目つきが悪いだろうか。無表情で無口で無愛想で、地獄の番犬みたいな顔をしているのだろうか…」
案の定、話題は先日モリ先輩に弟子入りを志願しに乗り込んで来た笠野田律のことだった。もしかしたら案外根に持つタイプなのかもしれない。もっとも、あんなに暴力的な言葉を投げ掛けられたら誰だって気になってしまうだろうが。
「そんなに気になりますか?」
「…気になると言えば、気になる…かも、しれない…」
モリ先輩らしからぬ、歯切れの悪い物言いだ。さっきから目が泳いでいる。どうしてこんな質問をしてしまったのだろう、と後悔しているのかもしれない。
「…そうですね。切れ長の目は、どうしても目つきが悪く見えてしまうみたいで俺もよく言われますよ。無愛想…というよりは、感情表現が苦手なのだろうなという印象を受けますね。無表情で無口…は失礼ですが当たってると思います。言いようですけれどね。でも、先輩はそれが売りですから」
「…そう、か…」
「ええ。少なくとも俺はそう思いますよ」
「…そう、だな。ありがとう、鏡夜」
「いえ、思っていることを言ったまでですから。また明日」
俺はそう言って、踵を返した。そろそろ最終下校時刻になる。少し急がなければ。教室に荷物と――きっと待っているだろう環を迎えに行ってやかなければならない。
「…鏡夜、」
「は―――…」
瞬間、ふっと視界に影が落ちた。
「…礼だ」
「……モ、リ先輩…?」
「…また明日」
颯爽と去っていくモリ先輩の広い背中を、俺は呆然と見送った。
「何、だったんだ…」
――キスを、された。しかも唇に。まさかモリ先輩にキスをされるとは思わなかった。別にキスひとつで騒ぎ立てるほど女々しくはないが、生々しい感触と温度が鮮明に残っていて、何だかとても複雑な気持ちになる。
「……………」
どういうつもりでキスをしたのかと考えても、皆目検討がつかない。挨拶だと思うのは些か強引すぎるだろう。東洋人にそのような習慣はない。不意打ちだったので何も反応が出来なかったが、問題はキスをしたことではなく、相手がモリ先輩だということだ。
「…環に言ったら、どんな顔をするかな」
教室で待ちあぐんでいる親友兼恋人の慌てふためく姿を想像して、俺は思わず笑った。
――まぁ、もちろん、言うことはしないけれど。