構いたがりと照れ屋の恋
革張りのソファに背を預け、文庫本を広げていた鏡夜の手元に、ふっと濃い影が落ちる。それでも顔を上げない鏡夜に、環はじれたように鏡夜の耳元に口唇を寄せた。
「愛してるよ」
耳元で囁かれた台詞に、鏡夜は諦めたように顔を上げた。その隙を逃さないとばかりに、環は鏡夜の頬を両手で包み込み、顔を後ろへ傾げさせる。ちゅ、と音を立ててキスをすると、環から見て逆さまの鏡夜の眉が僅かに顰められた。
「邪魔をするな」
「だって、鏡夜に構いたいんだもん。でも、何だかんだ言ってキスさせてくれるよね」
図星を突かれたのか、鏡夜の目許が仄かに紅くなる。
「鏡夜って意地っ張りだけど、たまに驚くほど素直な反応をするよね」
「うるさい黙れ」
「あっ、自覚してるんだ?」
環はにんまりと悪戯っぽく笑い、再びキスを仕掛ける。鏡夜は、ふいっと顔を背けた。
「…この格好だと首が痛いんだよ」
「じゃあ、こっち向いて」
「お前が俺の前に回ればいいだろう」
「あ、そっか」
真正面に向き合う形になると、自然と距離が縮まる。啄むような軽いキスに、鏡夜は小さく噴き出した。
「ん?どうしたの?」
「…くすぐったい」
「もう、今日は文句ばっかりだな」
「文句をつけられるようなことばかりするお前が悪い」
ごもっとも、と環は苦笑した。まるで猫のように気まぐれな恋人の気に召されるのは大変なのだ、本当に。まず恋人という関係を築くのに苦労した。鏡夜は環の言葉を信用せず、冗談だと受け流してばかりだった。若しくは環が本気だと知りながら、やんわりと環の気持ちを否定していた。世間体や、友人の枠を越える恐怖。さまざまな感情が鏡夜の中で渦巻いていたことだろう。
「…鏡夜、俺とのキスは不満か?」
にやりと鏡夜が笑う。悪そうな顔、と環は苦笑した。
「それじゃあ、満足するまで何度だってキスしてあげる」
「…俺は読書中なんだが?」
「そんなの。挑発した鏡夜が悪い」
知るか、と本へ視線を戻し掛けた鏡夜の頬を掴み、口端に噛みつく。その行動に、鏡夜は一瞬きょとんとした。その隙を環は見逃さず、鏡夜の手から文庫本を奪い取った。
「…まったく…栞を挟んでおけよ」
「うん、わかってる」
環は言いながら、鏡夜なら何頁の何行目まで読んだのかくらい記憶出来るだろうに、と思った。きっとこれは素直になれない鏡夜の照れ隠しだ。
「鏡夜は可愛いな」
「…薄ら寒い。殴るぞ」
「わあ、怖い怖い」
「…馬鹿か」
冷めた目を向けてくる鏡夜に、環はにっこりと笑った。
「馬鹿でもいいよ。大好きな鏡夜にキス出来るんだもの」
「…大馬鹿」
仄かに目許を紅く染めながら、鏡夜は環の口唇を受け入れた。