無題
環はいつも突拍子もないことを言う。いつか一緒に暮らせたらいいね、と環は暢気に笑ったが、そんなことは無理に決まっている。第一俺たちは自炊も出来なければ、掃除も洗濯も碌にしたことがない。生活能力の低さは折り紙付きだ。たとえ家事が出来たとしても、須王と鳳の子息である事実は変わらない。変えられない。
環は理解していた。叶わないと理解した上で、ささやかな願いを口にしたのだ。だが、叶わない――叶えてはいけない願いを口にすることの残酷さを、環はきっと理解していない。環は周りが見えなくなっている。須王の跡継ぎが俺に構っている暇など本当はないのに。
(そして俺は、そんな環に危惧感を拭えないでいる。)
俺も環も、出会うまでは至ってノーマルだった。だから、まさか同性を好きになるなんて思ってもみなかった。最初にアプローチをしてきたのは環だが、それに応えた自分に、俺は今でも困惑している。
俺は過去に関係を持った女性に対して一度たりとも、愛しいだとか、大切にしたいだとか、そういう感情を抱いたことはない。取引先の令嬢だから機嫌を損ねる訳にはいけない、と、それだけを頭に置いて接していた気がする。彼女たちにどう接していたかなんて、もうはっきりとは思い出せない。それだけ俺にとっては「どうでもいいこと」だったのだろう。
「…きょうや?」
不思議そうに首を傾げる環に、何でもないと俺は微笑んだ。
「…鏡夜。俺、本気だよ。いつか本当に鏡夜と一緒に暮らしたいと思ってる。…今は無理でも、すべてを終わらせたら鏡夜を迎えに行くよ」
「ふ、その頃には忘れているんじゃないのか?」
「大丈夫だ。俺の言うすべては、そんなに多くないよ。ただ、すごく難しいだけで」
「それは…お前も俺も白髪だらけになっていそうだな」
「…それでも。それでもさ、俺は鏡夜がいいよ。ハルヒも双子も先輩たちもみんな好きだけど、鏡夜が一番好きで、特別なんだ。おじいちゃんになっても、俺は鏡夜が好きだよ」
もしも。もしも環がすべてを終わらせて俺を迎えに来たその時、俺は環の手を取ることが出来るだろうか。環以外のすべてを投げ出す覚悟を持つことが出来るだろうか。今よりずっと大人になって、地位を築いたその時、俺は。
「だから、待ってて」
環が独り言のように呟いた言葉を、そっと受け止める。時間はある。焦らなくてもいいのだ。
「…楽しみだ」
いつになるかわからない二人の未来を思って、俺は微笑んだ。