ボーダーライン
だいすきだよ、あいしてるよ、たとえ貴方がそうじゃなくても。
ボクはどうしても境界を欲しがってしまう。例えば二人の皮膚だとか、二人の距離だとか。まるで溶け合うのが怖いみたいに、距離をはかるように、その見えない境界を求めてしまう。溶け合うことなんて出来はしないと、知っているのに。
どこを境界とするかなんてボクにはわからなかった。それでも距離を決めかねているボクは、ふと、考えてしまう。
(ボクたちのボーダーラインはどこにあるの?)(溶け合うことはないのだから、気にすることなんてないよ!)
そう、ボクはとても臆病なのだ。
いつからか鏡夜先輩とはそういう仲になっていた。歩み寄ったのはボクからだった。たぶん。ボクも鏡夜先輩も恋愛に関してドライな考えを持っていたから、男同士だということは大して気にしなかった。付き合って下さい、なんて形式ばった告白をした訳じゃない。ただ、互いの持つ空気感が似ていたから寄り添った。楽だった。それだけだった。
ボクはずっと前から(鏡夜先輩本人がそれを自覚しているかどうかは別として)鏡夜先輩の好きな人を知っていた。だからこの想いが報われないことなんて関係を持つ前から知っていた。だから彼に触れられるなら捌け口だってよかった。
「…鏡夜先輩は、好きな人とかいないの?」
そう訊いてから、後悔した。どうしてボクは鏡夜先輩と自分自身を傷つけるようなことしか言えないんだろう。だってボクは知っているのに。鏡夜先輩もボクが知っていることを、きっと知っているのに。けれども鏡夜先輩はノートパソコンの画面を見ているばかりで、いくら待っても視線すらボクに向けてはくれなかった。これはこれでつまらない。無視されるのはキライ。だってつまらないから。ボクは拗ねたように唇を尖らせて、鏡夜先輩を背後から抱き締める。ねぇ、ボクに構ってよ。
むき出しの項は、すごくキレイで、美味しそうだった。真っ白なそこに犬歯が突き刺さる瞬間を想像して、ぶるり、鳥肌が立った。
「…さぁな?そういうお前はどうなんだ?」
「ボクが好きなのは鏡夜先輩だよ」
言いながらキスを仕掛けてみたけれど、拒まれなかった。機嫌は悪くないみたいだった。その証拠に鏡夜先輩から舌を絡めてきてくれて、ボクは嬉しくなる。鏡夜先輩とのキスは、いつもいつの間にか夢中になる。だってとても甘いから。
キスの途中で「お前は嘘が巧いな」って褒められた。声が掠れていて、ドキリとした。
「…嘘?キスじゃなくて?」
鏡夜先輩はニコリと笑った。
それはドーモアリガトウゴザイマス。でも、それって好きな人のコト?ヒドイなあ、これでも本気なのに。
「ね、ついでにセックスも褒めてくれると嬉しいんだけど?」
「お前は馬鹿か。部室でするなんて、リスクが高すぎる」
「えー?大丈夫だよ、ちゃんと鍵閉めといたから!」
ニッと悪戯っ子のように笑い、いいでしょ?と小声で呟いて、そっとテーブルの上に押し倒した。時々こうして無性に鏡夜先輩を困らせたくなってしまう。だって鏡夜先輩の困った顔、大好きなんだもん。もちろん驚いた顔も、笑顔も、ぜんぶ好きだけど。
ノートパソコンは邪魔だからソファに放り投げた。それに鏡夜先輩は少し眉を顰めたけれど、気にしないことにする。
「ふ、お前は本当に…こういうところばかり抜け目が無いな…」
「あのさーこういう時って、フツーもっと焦るもんじゃないのー?」
「焦ったりしたら煽るだけだろう、お前を」
「…何ソレ。あーあ、ツマンナーイ!…でも、悔しいなぁ、鏡夜先輩ばっかり、そうやっていつもヨユーで」
そう、余裕があるのは、いつも鏡夜先輩の方だ。ボクは鏡夜先輩に夢中で空回りを繰り返してる。
こんな風に日々ボクの目に見える視えない境界線は濃さを増す。それはボクらを隔てる線であり、唯一の共有物でもあり、臆病なボクのための保険でもある。境界線がなくなるのは怖いのに、無意識に追いつこうと焦る度に引き離されるのは、こんなにももどかしい。でも追いついてしまうのはやっぱり怖いのだ。追いつける自信なんて無いけれど。
「…キスだけならいくらでもしてやる」
「うぁ〜ケチ!意地悪!悪魔ー!…でも、する。だって好きだもん」
境界線上のボクらは、例えばその上でなら溶け合うことだって可能なのかもしれない。距離を縮める日だって、そう遠い未来じゃないのかもしれない。それは、誰にもわからないけれど。せめてこうやってキスをしたことを忘れないで。振り返ったいつの日かの、鏡夜先輩の記憶の片隅にでも残ればいいと願った。