フィンガー





パソコンのキーを叩く、細長い指に惹かれた。淀みなく動く指先はすごく綺麗で、触れてみたくなった。いつから片想いをしてるのか、そんなのは忘れてしまったけれど。切っ掛けは、きっとそれだった。




「ボク、鏡夜先輩の指好きだなー」

そう言って、ワルツのエスコートみたいに、後ろからそっと冷たい手を持ち上げた。振り向いた鏡夜先輩にニッコリと笑っても、表情は少しも変わらない。氷の美貌は凍てついたままだ。ちぇ、つまんないの!と、ボクは唇を尖らせた。

けれども別に嫌がっている素振りもしていなかったので、良しとする。握る手にほんの少しだけ力を込めると、鏡夜先輩の綺麗な眉がピクリと反応した。

「ずっと綺麗だと思ってたけど…」

こんなに綺麗だなんて、触れるまで知らなかった。そう言ったら、鏡夜先輩は少しだけ複雑そうな顔をした。訝るような表情だった。本当のことを言っただけなのに、どうしてそんな顔をするの?まるでボクが嘘を吐いてるみたいじゃないか。

「なんでこんなに綺麗なんだろう」

手だけではなく、鏡夜先輩はすべてが綺麗だ。艶やかな黒髪、肌理の細かい白い肌、薄いけれども柔らかそうな整った血色のいいクチビル、瞳を縁取る長い睫毛。切れ長の漆黒の瞳は一見冷たい印象を受けるけれど、本当は優しいことをボクは知っている。確かに腹黒い部分があるのは否定出来ないけれどボクはそんなところも好きだった。店長として部員達を甘やかさない凛とした姿勢も、意外と意地っ張りなところも。ボクが知ってる限りのすべてが、好きで好きでたまらない。漠然とボクの中にあった恋という概念は鏡夜先輩によって完全なものへと変わっていた。

「…俺にそんなことを言うのはお前くらいだぞ、馨」
「そうかな?…殿だってよく言ってるよ」
「―――――」

スッと鏡夜先輩はボクから手を引いた。とても自然な仕草だった。空になったボクの手は、重力に逆らうこと無く、ストンと空を切った。

「たぶんね、口説いてるんだと思うよ。ボクと同じでさ」

その言葉に、鏡夜先輩が今度は椅子ごと振り返る。柳眉が訝しげに寄せられていた。お前は馬鹿か?何を言ってるんだ?とでも言いたげな顔だった。むしろ言っている。

「お前は俺をからかって楽しいのか?…いい度胸だな?」

鏡夜先輩は小さな溜息を吐き、それからシニカルな笑みを浮かべた。声からは微妙に不機嫌さが滲み出ている。でも本当のことなんだから仕方ない。もう話は終わりだとばかりに、鏡夜先輩は視線をパソコンのディスプレイへと戻してしまう。鏡夜先輩?と機嫌を伺うように名前を呼んでも、反応は無かった。怒らせてしまったのかもしれない。

「ねぇ、ウソじゃない。ホントだよ。証拠、見せてあげる」

冷たい手を取って、指先にキスをする真似をする。鏡夜先輩は表情を変えずにボクの行動を見ていた。ああ、動揺してる。鏡夜先輩は動揺を隠すとき逆に無表情になることをボクは知っている。だから、内心ではきっと驚いてる。そう思ったら、すごくいとおしくなった。

「ねぇ、最初に言っておくけど、ボクって案外しつこいよ?」
「ふ、御生憎様だな。しつこいのには慣れてるんでね」
「…あ、そう?…それじゃあ遠慮なくいかせてもらうね」


再び指先へと唇を近付ける。口付ける瞬間、ちらりと鏡夜先輩を見上げた。無防備に、ほんの少しだけ開いた薄く整った唇。微かに揺らいだ漆黒の瞳。途惑うこと無く細い指先へとやさしいキスを落とした。



「覚悟しててね?」