Bithday felice






部員の誕生日は盛大に祝うことになっている。普段よりも規模の大きいイベントの準備はやはり容易では無く、裏方を任されている身としては確かなやり甲斐を感じていた。しかし疲労しているのも、また事実だった。

「本人はもちろん皆が楽しめる煌びやかな非日常のひとときを!」とは部長の言葉である。

――その部長の誕生日を、数週間後に控えていた。



衣装の発注、料理の予約、お客様へ贈る招待状の作成などの準備を一通り終え、やっと落ち着くことが出来る。本当に大変なのはこれからなのだが、とりあえず一段落だ。ソファの背もたれに身体を預けると、途端に疲労感がどっと押し寄せてくるのを感じた。最近少し寝不足気味のせいでもあるのだろうが、気を抜くと眠ってしまいそうになる。

「…ふぅ……」
「鏡夜、お疲れ様」

思わず漏れた溜め息を労るように掛けられた声に、俺はゆっくりと視線を上げる。ティーセット一式と焼き菓子を載せた銀色のトレーを持った環が、そこにいた。菫色の瞳は優しく、けれども少し困ったように細められている。

「…すごく疲れた顔してる。…大丈夫か?」
「ああ、気にするほどじゃない」
「…でも、目が少し赤い。それにあまり顔色もよくないぞ。…気にするなって言われても、気になってしまう。俺も、何か手伝ってやりたい、のだが…」
「主役は手伝わないルールだろう?…準備と委員会の仕事が重なって、少し寝不足なんだ。自己管理くらい出来るから、そんなに心配してくれなくていい」
「勿論、信頼はしてる。…だけど、鏡夜に無理はしてほしくないし、させたくないんだ」

不満げに尖らせた唇に、軽くキスをしてやる。すると環は、菫色の瞳を宝石のように輝かせた。そう、これだけで簡単に環の機嫌は直るのだ。単純で助かる…とは絶対に口にはしないけれど。もういっかい、と強請られ仕方なくもう一度唇に触れる。ちゅっと音を立ててしまい少し恥ずかしくなったが、表情には出さずに、次の話を切り出した。

「…環、誕生日に何か欲しいものはあるか?」

サプライズを用意するようなロマンチストでもないので、俺は単刀直入に訊いた。話題も変えたかったので調度いい。

「…んー…」
「何かあるだろう?ひとつくらいは」
「いや、ないよ。鏡夜が恋人になってくれただけで、俺は充分幸せだから」
「…馬鹿。言ってろ」
「もー照れるなよ!相変わらず素直じゃないなぁ、鏡夜は」
「…………」

こんな環を見ていると、時々思い切り引っ叩いてやりたくなる。商売道具でさえなければ、そうしていたかもしれない。それほど腹が立つのだ、環のアホ面は。 一度くらいなら、許されるだろうか。そうは思うが、売り上げを落としたいわけでは無いので、今は我慢してやることにする。

「いっ…た!」

だが、先程から腰を撫で回す手は流石に我慢ならないので、遠慮無しに思い切り手の甲を抓ってやった。ひどいじゃないか、と涙目になりながら子犬のように見上げる環には騙されない。絆されてなんかやるものか。止めとばかりに指で額を弾いてやると、コツ!と小気味良い音がした。



*



―――パーティーは大成功だった。

客の反応も良く、部員たちも営業の枠内でありながら、それなりに楽しんでいたように見えた。ナンバーワンの誕生日らしく、とても華やかだった。めまぐるしい非日常を、環のイメージカラーである白と金で統一した室内、色とりどりの薔薇を飾り、より一段と華やかに演出出来た。




「今日…すごく楽しかった。ありがとう、鏡夜…」

言いながらキスをされると、柄にもなく頬に熱が集まるのを感じた。素直な環が恨めしかった。俺がそういう態度に弱いのを知っているのだ。耳朶を甘噛みされ、思わず肩が震える。気分が昂揚していくのを感じた。

「皆も楽しんでくれていたね。嬉しい。本当に、今日は最高の誕生日だよ」
「…ああ、よかった。俺も嬉しい」
「うん。…だけど、鏡夜と話す暇がなくて、すごく寂しかった…」
「…それは…主役だからな。仕方ないだろう」
「わかってるけど、俺が欲しいのは鏡夜なんだ。楽しいのと、幸せなのは違うでしょ」

苦笑すると、環は同意を求めるようにじっと俺を見た。金色の睫毛と、菫色の瞳。宝石のように美しく、けれども硬質さを持たないそれはとろりと潤んでいる。視線を落とすと、器用にシャツのボタンを外す環の細長くもしっかりとした指が視界の端に映って、再び苦笑した。

(まったく、気が早い…)

そうだな、と頷いてやり、環の愛撫を受け止める。気が急いでいるのは俺も同じだった。

「俺、花束よりも、祝いの言葉よりも、鏡夜が欲しい」
「…ああ。誕生日はまだ終わっていなからな…」

そう微笑み、環の首へと腕を回してやる。理由がなければ素直に受け入れることすら出来ない。俺も大概素直じゃないな、と内心苦笑した。








「大好き、だいすき鏡夜…すき…」
「…お前…特別に甘えただな、今日は…」
「…そうかな?…でも…うん……すごく、気分が高ぶってる…。早く鏡夜を味わいたくて堪らない…」

俺が小さく笑ったのを合図に、環の愛撫が再開する。胸を舐められると何かが背筋を駆け上がるのを感じた。甘い疼きはとめどなく続き、言葉では表せない快感が俺をじわりじわりと支配していく。


「…ぅ…っ」
「鏡夜…力、抜いて……」
「…は、ぁ……っ」

十分に解したあと押し入ってきた質量に、俺は思わず呻きに似た声を上げてしまう。この瞬間にだけは、いつまでも慣れない。力を抜いて環の負担を減らしてやりたいのに、まるでそこだけが違う生き物であるかのように頑なに侵入を拒んでいる。ゆっくりと、しかし確実に侵入してくる欲望は、たまらなく熱くて、思いがけず甘い声が漏れた。

「ぁ…っ、んんっ!」

やっと環の全てを飲み込んだところで、ぐっと脚を抱え直される。肉の擦れる生々しい音を鼓膜が耳ざとく拾った。周知に頬を染める間もなく、環のものに内部を抉るように強く掠られる。瞬間走った電流のようなものに、喉の奥が引きつるのを感じた。

「…ん、あ…ぁ…っ!」
「鏡夜…動いて、いい…?」

俺が欲しいと環は言った。今動かれたら、確実に理性が飛んでしまうとわかっていても、環が望むのなら与えてやりたい。環を満たしてやりたい。そう思えるほどには、俺の根深いところに環はいるのだと、不鮮明な思考で認識する。


無愛想に肯いた俺に、環は嬉しそうに微笑み、ゆっくりと気遣うように律動を始めた。柔らかで緩やか快楽は甘い痺れとなって体内へ積もっていく。そして、二人はゆっくりと絶頂へ登りつめて行った。







まどろみの中で、環が俺の名前を呼ぶ。啄むような軽いキスの雨がくすぐったい。ふと、大切な言葉をまだ言っていないことに気付いて、環の腕の中から抜け出した。

「ありがとう、環…」

環に出逢えて良かった。環が生まれて来てくれて良かった。環の母上が環を生んでくれて、良かった。須王とは関係なく、ただ純粋に環を愛している。環自身を、愛している。恥ずかしくて口には出来ないけれど。




「――愛してる」



再びまどろみの中へ落ちていく途中で、やわらかな環の声を聞いた気がした。