とおいやくそく






フランスから返ってきた鏡夜は、母が元気に暮らしていること、庭の小さな畑で野菜を作っていること、ハチベエというアントワネットの兄弟犬を飼っていること、いつも忘れずに俺を思ってくれていること、そして誰も恨んでいないということ―――他にもたくさんのことを教えてくれた。

ついでのように写真を手渡されて、俺は言葉を失った。驚きと喜びがない交ぜになって渦を巻いている。嬉しくすぎて言葉が出てこない。涙ぐむ俺に鏡夜は「いい土産だろう?」と笑った。写真には鏡夜と、昔と変わらぬ母の姿があった。アントワネットの兄弟犬も写っている。おかしなピースサインをしている母に、俺は思わず噴き出してしまった。

「本当は母君だけをと思ったんだが…俺も一緒にと腕を掴んで離さなかった」
「…ううん、嬉しいよ」

写真に写る鏡夜は、いつもの作り笑いをしていない。この自然な笑顔は二人でいるときによく見せるものだった。呆れたように肩を竦めてみせる鏡夜だが、その仕草が実は照れ隠しだということを俺は知っている。こういう賞賛には慣れている筈なのに、素直に褒められるのには弱いらしかった。

「ふふふ、どの写真も腕を組んでるな。気に入られた証拠だ」
「…おまけにハチベエにも懐かれてしまって、大変だったんだがな」
「ああ、アントワネットも鏡夜が大好きだもんなぁ。さすが兄弟犬だ」
「二匹をいつか会わせてやりたいと母君が仰っていた」
「そうだね…会わせてあげたいね」
「環には、畑で採れた野菜でポトフを作って、振る舞いたいと」
「…そういや鏡夜は、母上の手料理を食べたのか?」
「ミートグラタンとオニオングラタンスープ、デザートにチーズケーキを。…最近チーズに凝っていると言っていた」
「あはは、うん、母上って凝り性なんだよ。でも美味しかったでしょう?」
「ああ…だが、胃には優しくない組み合わせだったな…」

――幼い頃、数える程だが食べたことがある母の手料理の味を思い出し、顔が綻ぶ。料理人の目を盗んでこっそりと焼いてくれた洋梨のタルトは、キラキラしていて宝石のようだった。だから、食べるのが勿体無くて、なかなか手を付けられなかった。そんな俺に、母は「また焼いてあげるわ」と約束してくれた。

その約束は、まだ叶っていない。でも、いつかは叶うと信じてる。交わした小指の温もりを、俺はまだ覚えているから。ずっとずっと、忘れないから。

「ぶっ、いたっ、ちょ、何をする!」

いきなり顔面に何かを押し付けられ、視界が暗くなる。

「…うるさい」

行動に反して、鏡夜の声は優しかった。押し付けられた布のようなものが、どんどん濡れていく。…ああ、俺、泣いてるんだ。だから、鏡夜は。それを理解して、余計に涙が溢れてくる。方法は乱暴だけれど、鏡夜の優しさが、とても嬉しかった。

「ありがとう…鏡夜……」
「何のことやら」

きっと鏡夜は肩を竦めて笑っているんだろう。覆われた視界に鏡夜は映らないけれど、それでも何となくわかる。だって、鏡夜は優しいから。


ねぇ、母さん、俺にはこんな素晴らしい親友がいます。だから、心配しないで。いつの日か会えることを信じて、俺は生きていきます。その日まで、とおいやくそくを、忘れないで。